明石家さんまは病気をしない?たけし・タモリと笑いのセンスの違いは?

スマイル お笑い・お笑い芸人

明石家さんまさんといえば、日本のお笑い界のトップに長いこと君臨している誰もが知っている芸人さんです。

今回は還暦を過ぎても全く衰えないパワーの秘密と同じBIG3と呼ばれるたけしさん、タモリさんとの関係などについて書かせていただきます。

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明石家さんまが病気をしない理由!

さんまさんが大病をしたという話は聞いたことがありませんし、風邪も滅多に引かないそうです。

ヘビースモーカーでたばこは絶対やめないと公言しています。

かつてバブル崩壊で多額の借金を抱え、離婚もするなど大きなストレスもあったはずです。

それなのになぜ病気をしないのかまずはその理由を挙げていきたいと思います。

よく笑い、よく喋る

誰もが想像できる理由として「よく笑う」ということが挙げられます。
笑うとリンパ球の一種であるNK細胞が活性化し免疫力が上がることはよく知られるようになっており、がん予防などの健康法として皆で集まって笑う会のようなものも多く存在します。

さんまさんの場合ただ笑うだけでなく、「よく喋る」ということも大きいです。
喋って思っていることを吐き出すことはストレス解消になります。

文句も言う

自分で喋って自分で笑う、気に入らないことには「文句を言う」、これもストレスを内側に溜めない重要な要素だと思います。

さんまさんがテレビに出ていて自分を抑えている場面ってほどんど見ないような気がします。

とにかく自分中心で自分の嫌いなことには文句を言いつつ、自身が楽しみながら視聴者に笑いを届けるのがさんまさんのスタイルです。

食事量が少ない

さんまさんは少食で満腹にすることが嫌いだそうです。
テレビで言っていましたが、どうもお腹いっぱいになって動けない状態や集中力が無くなるのが嫌なようです。

ファスティング(断食)という健康法がありますが、これに近いことを日々自然にやっているということです。

食べるという行為は実は体に大きな負担がかかります。
内臓は消化酵素や消化液など様々な物質を分泌しなくてはいけません。

そして胃→十二指腸→小腸→大腸→排便と内臓は沢山の作業をこなすので、沢山食べると臓器は疲弊してしまいます。

また、適度な空腹状態は老化防止の効果があるという報告もあります。

さんまさんは年齢の割に若いといわれますが、少食であることが大きいのではないでしょうか。

ショートスリーパー明石家さんまの睡眠の秘密

さんまさんは睡眠時間が短いショートスリーパーとしても知られています。

これも少食であることが大きく関係しています。

食べることで内臓に大きな負担がかかることはすでに記しましたが、体の内部で代謝という作業をするために体は睡眠が必要となります。

つまり沢山食べる人ほど沢山眠らなくてはなりません。
お相撲さんは沢山食べて沢山昼寝もしますが、体を作るためには眠らないといけないのです。
食べて眠らなければ病気になりやすいとも言えます。

従って少食のさんまさんはあまり眠る必要がないということです。

眠るのがもったいないと思っている人は、少食(食事量や食事回数を減らす)や断食を取り入れることで睡眠時間を減らすことができますが、食べる時は質の良いもので必要な栄養をしっかり摂るように注意してください。

少食・断食の効果について

明石家さんま 笑いの天才の歴史

明石家さんまという芸名からも分かるように、元々は落語家の弟子として芸能界に入り、噺家としてお笑い芸人の第一歩を踏み出します。

東京のテレビに出だした頃は元読売ジャイアンンツの故・小林繁投手(後に江川卓投手とのトレードで阪神タイガースへ移籍)の形態模写が持ちネタでした。

オレたちひょうきん族でたけしと共演

さんまさんがブレイクしたのは1981年にスタートした「オレたちひょうきん族」というバラエティ番組です。この番組のメインはビートたけしさんで、人気コーナーだったたけしさん演じる「タケちゃんマン」の敵役「ブラックデビル」を高田純次さんの代役として演じたのがきっかけでした。

その後、次々と人気キャラを生みだし、主役のたけしさんを喰う勢いで人気も急上昇します。

たけしさんが事件(フライデー襲撃)を起こし謹慎となってしまった間は同番組のエースとして番組を引っ張りました。

このひょうきん族には後に大ブレイクする島田紳助さんも出演しており、日本のお笑い史に重要な意味を持つバラエティ番組となりました。

というのも裏番組にはそれまで当時のバラエティ界で圧倒的人気を誇ったドリフターズの「8時だヨ!全員集合」という大きな存在があり、これに真っ向から戦いを挑んだのがひょうきん族だったからです。

直前に漫才ブームがあり知名度が上がっていたたけしさんや紳助さんにさんまさんが加わった強力な布陣に圧倒された「8時だヨ!全員集合」は、ひょうきん族開始の4年後に番組終了を強いられることとなり、日本のお笑いは新しい時代へと突入していきます。

二人の天才さんまとたけし

笑いに対して人一倍うるさいさんまさんもたけしさんには一目置いており、テレビでも時折尊敬の念を口にしています。

さんまさんにとってたけしさんは自分の良さを最大限に引き出してくれた恩人でもあり、偉大な先輩なのでしょう。

漫才ブームの頃のツービートは今のたけしさんからは想像もつかないような早いテンポの喋りと強烈な毒舌でブームをリードする存在でした。

どちらかといえば男性からの支持が大きかったたけしさんに比べ、さんまさんはアイドル的な要素も持っていて女性から人気がありました。

たけしさんには暴力性を内に秘めた強烈な笑いを生みだす力があり、さんまさんには詐欺師に通じるような笑いの才能があったのではないかと感じます。

人気、実力を兼ね備えた二人が特番などで共演すると相乗効果で大きな笑いが生まれ、私も二人が共演するテレビを見るのはとても楽しみでした。

もう一人の天才タモリとさんま

お笑いBIG3といえばたけし、タモリ、さんまの3人です。

ひょうきん族開始の翌年にお昼のバラエティ「笑っていいとも!」がタモリさんの司会でスタートしました。(最初に司会者のオファーを受けたのはビートたけしさんだったそうですが、毎日お昼の生放送は無理と断わったらしいです。)

「笑っていいとも!」にもさんまさんはレギュラーとして10年以上出演しています。

「タモリ・さんまの日本一の最低男」という名物コーナーは二人が台本なしに自由にトークするというものでした。

ひょうきん族では様々なキャラを演じギャグで笑いを取っていましたが、こちらではトークで笑わせるさんまさんを見ることができました。

当初はさんまさんも年上のタモリさんに気を使って先輩を立てていましたし、タモリさんもさんまさんの良さを十分引き出していたと思います。しかし二人の関係は次第に雲行きが怪しくなります。

笑っていいとも降板後、タモリさんに対する態度はたけしさんに対するものとはあからさまに変わっていきました。

特番などで共演するとタモリさんの反応に対してさんまさんは眉間にシワを寄せて注意することが増えるようになりました。

「年齢はあんたが上やけど、芸歴はこっちが先輩や!」というセリフまで飛び出します。

笑いの指揮者

「踊る!さんま御殿!!」などを見ているとさんまさんはオーケストラの指揮者のように見えます。

今誰に振れば盛り上がるか、ここでさっきのセリフを言ってくれれば笑いが取れると瞬時に計算し、計算通りにいかないとハッキリそれを口に出し、出演者にプレッシャーを与えます。

お笑い芸人だからといってさんまさんの期待に応えられるわけではなく、芸人も役者もタレントもさんまさんの前では戦々恐々とすることになります。

たけしさんならこのようなさんまさんの期待に応えるだけでなく、さんまさんも予想のつかないボケやリアクションを繰り出すことができますが、タモリさんは違うのです。

たけしさんは演芸場育ちの漫才師です。ボケツッコミの感覚は吉本育ちのさんまさんと共有することができます。

しかしタモリさんは形態模写や独自のアバンギャルドな芸で頭角を現してきた珍しいタイプで、昔の芸人なら師匠につき芸を学んだり、今の芸人なら養成所で学ぶようなことをしていません。

芸に対するスタイルが全く違うのです。

さんまさんがこうすれば笑いが取れるという絵を頭に描いても、タモリさんは全く違う絵を描いているので、さんまさんの計算通りには動いてくれません。

さんまさんにはそれが許せず思わず文句が口を突いて出ることになります。

しかしさんまさんが指揮者ならタモリさんも違うタイプの指揮者なので、そもそも指揮者が指揮者を思い通りにしようとするのが間違っています。

そういう意味では相容れない二人なのかもしれません。

生きてるだけで丸儲け!明石家さんまの生い立ちと人生哲学

さんまさんは幼い頃に母親をなくし、父親の再婚に伴って継母と暮らしています。
継母は実の子ばかりを可愛がり、さんまさんとの関係は良くなかったらしいですが、その連れ子はさんまさんに大変懐いておりとても仲が良かったそうです。

しかし弟は火事で亡くなってしまい、さんまさんは大きなショックを受けることになります。

継母のその後のことはよく分かっていません。

「中学生くらいの頃は娯楽といえぱ、三枝(文枝)のラジオ『ヤングタウン』でね。
二段ベッドでいつも二人で聞いてたんです。新しい母には遠慮もしたし、やっぱり反発もあった。
その母が昔、隣の部屋で酒を飲みながら『うちの子はこの子(弟)だけや……』って言うのが壁伝いに聞こえてきたんですよ。
二人でよう二段ベッドで泣きましたわ。せやから高文は酒飲む女の人が苦手なんです。
芸能界行くまではほとんど飲まなかったし、今も本質的に酒は好きじゃないと思います」

『週刊文春で語られたさんまさんの兄(正樹さん)のインタビューより」』

生い立ちに悲しい出来事が多かったせいか、さんまさんは自分の笑いのフィールドに感動する話やお涙頂戴的な要素が入ることを極端に嫌います。

大竹しのぶとの出会い、結婚

大竹しのぶさんとの出会いは1986年放送のドラマ「男女7人夏物語」でした。
翌年に続編となる「男女7人秋物語」があり、1988年の映画「いこかもどろか」でも共演しその年結婚となりました。

男女7人シリーズはさんまさん主演という話題性だけでなくドラマ自体がとても面白く、BGMのShakatak(シャカタク)がとてもお洒落でドラマに合っていたのが印象的でした。

娘IMALU(いまる)について

娘のIMALUさんは1989年生まれ、名前は座右の銘だった「生きてるだけで丸儲け」から取っています。
これは1985年に起きた日航機墜落事故の飛行機にさんまさんも搭乗予定だったことが関係しているようです。

さんまさんが娘の名前を「いまる」にすると言っているのをテレビで観たときは(もう30年近く前になるのですね…)、正直、女の子の名前にそれはない、と思ったものです。後々娘に恨まれるのではないかと心配になりました。

IMALUさん自身やっぱり名前を気にした時期もあったようですが、今ではしっかり受け入れてるようで良かったです。

明石家さんまの性格は?

さんまさんの性格は明るくポジティブで良くも悪くも自己中心的だと思います。

いつも自分中心でないと気が済まない所がお笑い芸人やバラエティの司会者に向いている点だといえますが、プライベートでは周りの人間は大変だと思います。

結婚が短期間で終わってしまったのも、自分の主張を曲げない自己中心性にあるのではないかと推測してしまいます。

人の話を聞いていてもいつの間にか自分の話になりそれが長時間続くということが想像できます。

しかしこの稀にみる自分大好きな性格こそがさんまさんをトップの位置に押し上げた要因でもあり、見ていて思わず引き込まれ笑ってしまう独特の世界を作り上げているのではないでしょうか。

明石家さんまの不安遺伝子(セロトニントランスポーター遺伝子)について
ネットで検索していて偶然見つけたのですが、元旦に放送された「さんタク」という番組で、明石家さんまさんとSMAPの木村拓哉さんが、遺伝子検査を受けるという企画がありました。 以前「不安遺伝子(セロトニントランスポーター遺伝子)」について...
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